初産で安産。褒められるけど私は必至でとっても痛かった!

投稿者名:あーちゃんママ (出産時の年齢:27歳)
出産時の週数:39週



私は39週2日で、5日早く出産をしました。出産予定日目前にして祖母を亡くしお葬式に出席している時に陣痛が始まってしまいました!初産だから予定日超えての出産になるだろうと考えていたのでとっても焦りました。

時間間隔を測るともう10分間隔だったのでお葬式を早退し病院に電話。初産での10分間隔とのことで2時間後に病院に来るように言われちょっと拍子抜け…それでも気を抜かずに入院準備セットを再確認しシャワーを浴びいつでも病院へ行ける格好で待機。

初めての出産で何もわかってなくて、自宅待機してるときに5分間隔になってしまい慌てて病院へ。すぐに陣痛室へ案内された時にはすでに子宮口が4センチ開いていました。

そこからは今までに感じたことのない痛みに襲われ、陣痛が来るたびに叫びもがいていました(笑)立ち合い出産を希望していたのですぐ隣で主人が腰をさすったりして応援してくれていたのですが、主人の腕を掴み「触らないで!!」と言い放ったそうです(笑)

ちなみにそれは覚えていません。陣痛の痛みに耐えもう嫌だ!と感じ始めた時にやっと車椅子で分娩室へと連れて行かれ、分娩台に乗って30分足らずで出産しました。

正直分娩室でのことは覚えていません。

主人に聞くと、今までに聞いたことのない声を聞いた…と言っていました。出産にかかった時間は10時間ほど。出血は少なくむくみもなし。初産にしてはかなりの安産だと先生にお褒めの言葉をいただきました。

陣痛に耐えている時はもう一生出産したくない!と思っていましたが、我が子の顔を見ているとあと一人は産んでもいいかなぁなんて思っている今日この頃です。


今、我が子を見て思うことは?


出産するまでつわりに悩まされ、出産では今までに感じたことのない痛みを味わい、もうこりごりだ!と思いました。 

でも今我が子を見ているとこの子を産んで本当に良かったと思います。 出産して自分だけの事じゃなく、我が子のことも色々とやらなければいけないからとっても大変ですが、それが喜びでもあります。 

日々成長していくわが子を見てとても幸せな気分になれます。
logoサイトtop
スポンサーリンク

長い長い陣痛に一緒に頑張ってくれた我が子の出産記録

投稿者名:はるくんママ (出産時の年齢:31歳)
出産時の週数:40週



現在、2歳の男の子を育てているママです。

予定日当日、何の変哲もない普段通りの1日でした。検診の際に「赤ちゃんが少し小さめなので、もし18日までに生まれなかったら促進剤を使って産みましょう。」と言われていたので、自然分娩を望んでいた私は、できるだけ早く産みたい気持ちでした。

変化があったのは3月12日。その日も妊婦検診の日でした。NSTでも「まだ産まれないかな。」と言われていました。

しかし、その夜陣痛が始まりました。その後におしるしもあり、いよいよだなと思いましたが、家族が一緒だったことも自分でも驚くほどリラックスしていました。

しかし、陣痛の間隔は10分から縮まらず病院に電話しても様子を見てくださいとのこと。気付けば13日の夕方でした。そして、そのまま陣痛が遠のいてしまいました。

しかし、14日の午前1時頃あまりの痛さに主人に病院へ連れて行ってもらいました。

それでも、子宮口が開いておらず、また陣痛が遠のく可能性もあると1度帰宅。しかし、帰宅後もそのまま陣痛は強くなり、朝8時頃とてつもない痛みが始まりました。車で病院に送ってもらい、子宮口も開いておりやっと入院。

しかし看護師さんが産まれるのは夕方と言われ気が遠くなったことをよく覚えています。やっと子宮口が全開で分娩室に行けたのが17時。

それから、いきんでもいいと言われてから数分で産まれました。主人は立会いには間に合わなかったのですが、分娩室で赤ちゃんと対面し抱っこすることはできました。

本当に長い陣痛で正直やっと産まれたという気持ちが大きかったです。初めてわが子を抱っこした時は一緒に陣痛を頑張ってくれた気持で「頑張ったね。」と言いました。


今、我が子を見て思うことは?


長い陣痛の後、やっと生まれてきてくれた我が子。お腹の中では小さいといわれていたけれど、いざ産んでみたら3,200gと平均体重で元気元気な子でした。 

あれから2年6ヶ月。

救急車で運ばれたこともあったし、3針縫う怪我もしたりと毎日目が離せなほどのやんちゃに育ちました。それも元気な証拠。まだまだ一緒に楽しい毎日を過ごしたいと思います。
logoサイトtop
スポンサーリンク

陣痛を経ての緊急帝王切開ドタバタ出産劇で産んだ我が子

投稿者名:絶賛魔の2歳時ママ (出産時の年齢:31歳)
出産時の週数:40週



私の出産は破水から始まりました。

自宅で優雅にテレビを見ていて、両親が自宅へ帰るとなり見送ろうとした時にいきなり強くお腹の子が腹を蹴り、痛いと思った瞬間に水の様な物が流れて来て、慌ててトイレに駆け込みました。

明らかにナプキンに出た水は濁っており、破水だなと分かりました。その後直ぐに陣痛の様な痛みが襲い病院へ電話しました。

病院から直ぐに来るように言われそのまま直行し内診を受け、やはり破水であった為、陣痛室へ通されました。直ぐに入院の手続きをし、入院一式を旦那が自宅へ取りに帰りました。陣痛自体そんなに痛くもなく、数時間はゆっくりと家族とも会話をしていました。待ちに待った我が子と会えるんだと思うとなんだか怖さよりもワクワク感が大きくて痛みはあるけれどその時はそれで乗り越えていけました。

先生が内診にきて「お、もう8㎝も子宮口開いているから早く産まれるかもね」と言ってもらい、なんか思っていたよりも痛くなくて拍子抜けし「なんだ、この程度で産まれるのか」と軽く思った事が間違いでした。

その後、全く子宮口が開かず、陣痛が微弱となり促進剤を投与されました。それからが地獄でした。猛烈な痛みが数分に何度も襲ってきて、その度にいきみ逃しし、それでも出ない為先生が内診・検査をし、羊水が濁っている為これ以上の分娩は危険と判断し緊急帝王切開を判断しました。

それから、手術室に運ばれ、入って10分後に無事に出産。

普通分娩ではなかったですが、頑張って産んだ我が子に会えて本当に感激してしまい、手術室で号泣してしまいました。


今、我が子を見て思うことは?


現在、魔の2歳に突入し、毎日大泣きと癇癪の連続で私も旦那も葛藤しています。大人しく寝静まった時に産まれたばかりの時の動画や、夜泣きが酷かった頃の写真を見ると、可愛らしさや愛情が湧きあがってきます。

本当に無事に元気に産まれてきてくれて、そしてムカつく毎日ですが、日々元気に育っていってくれて本当に幸せだなと思っています。

これからももっと迷惑を掛けながらも、大きく逞しく成長してくれたらと思います。
logoサイトtop
スポンサーリンク

3人目出産で初めての計画分娩!予定日前に産みました!

 投稿者名:三姉妹の母 (出産時の年齢:32歳)
出産時の週数:39週



3人目出産の時、上の子の幼稚園の行事もあるし、とにかく予定日より早く産まれて欲しいと思っていました。

なので、なるべく動くようにしていたのですが、なかなか早くには産まれてこず、赤ちゃんも大きかったこともあり、予定日前に計画分娩で出産することにしました。初めてのことだったので不安もありましたが、とにかく早く産みたかったのでお願いしました。

朝から病院へ行って、ラミナリアという海藻を子宮口へいれました。ゆっくり子宮口を開いて行きましょうということだったので、産まれるのは次の日かもしれないと言われていました。

しかし、ラミナリアを入れた刺激によって陣痛がおこったのです!初めは痛みも生理痛くらいでしたが、間隔がどんどん狭くなりました。お昼ご飯を食べている時には、痛みが来ると少し顔を歪める感じでした。でも陣痛の間にご飯を食べて、まだまだ余裕だなと思っていました。そして一度診察してみると、子宮口は4センチ開いていました。

そこで先生がもう産む方向で行きましょうと行って促進剤を使うことになりました。私はまだ4センチなのに?!と思いましたが分娩台にあがりました。次第に陣痛がキツくなってきて、助産師さんにもいよいよやね!と言われました。

私はあまりの早さに驚きながらも、子宮口は全開になりあっという間に産まれました。経産婦だったので、子宮口の開きも早く、みんなが驚くスピード安産でした。

計画分娩で不安もありましたが、今思えばよかったと思っています。


今、我が子を見て思うことは?


産むたびに痛みが強いような気がしましたが、産んでしまうと、やはり、新生児の可愛さは半端なくてとても癒されています。

3姉妹で、これからがとても楽しみです。

子育ては大変なことばかりですが赤ちゃんをみていると頑張ろうと思えてきます。

こんな自分のところに産まれてきてくれてありがとう。家族みんなで仲良く笑っていこうね。
logoサイトtop
スポンサーリンク

切迫早産、大丈夫。胎児が小さい?大丈夫。なんとかなります。

 投稿者名:長女と末っ子が14歳離れ母 (出産時の年齢:23歳)
出産時の週数:40週



切迫早産で延々、入院していました。

延々というとどれくらい?といわれてもたぶん、入院したのは28週のとき。退院は37週でした。実際36週でふつうは退院と病院で決められていましたが。

切迫早産の理由原因よくわからないところに、胎児の体重がまったく増えていないという現実があり。

夫氏は当時、あきらめたほうがいいんじゃないか(胎児)のような相談やアドバイスもうけていたもよう(ちなみに同い年で23歳でした)張り止めの点滴ととりあえず胎児への栄養補給なのかどうかわかりませんが点滴。最終的には貧血で鉄剤も点滴。両腕針のあとだらけ。

それでもまぁ切迫早産でいろいろおどされてはいたものの。40週まで結局胎児は子宮にいたかったということで…。陣痛持続時間がもうよくわからない36時間とか、あとから母子手帳にかかれていました。分娩がおわったときにはフラフラでしたね。

二度と妊娠も出産もするもんか!とそのときには思い切り決心しました。新生児との生活もずっと入院していると体力の限界を感じるわけです。

それでも、他の産婦さんと扱いが変わらないんですよね…。ナニが悔しいってそれが一番産後くやしかったことかと。それでも赤ん坊はすくすく育つのです。

そして、二度と妊娠出産するものか!といいつつ。結局三人のこもちになりましたとさ。あとからだったらいくらでも笑えるんです。でも当事者は大変。無理をしないで。


今、我が子を見て思うことは?


すでにハタチをこえて、自由に暮らしている娘と。10年ぶりに小学校入学式を経験させてくれた息子。 実はその真ん中にそろそろ進路を決定する高校生の娘。

けっこう大変、とかいわれちゃいますが三人とも「おもしれぇやつだなぁ」と呑気に観察しています。 

結局、育っていくのは勝手にすくすく成長しちゃうので、親は見てるだけしかできません。最終的にはやく全員自立していってほしいなぁ、と 長女が自立してしまったあとでもそういってるので(笑) 

他の自立あとに寂しくなってるおかーさんたちとはちょっと自分も違うようです。 さみしくなんてないよ?"
logoサイトtop
スポンサーリンク