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立ち合ってくれた主人がまるで松岡修造さんのようでした

投稿者名:3歳育児奮闘ママ (出産時の年齢:25歳)
出産時の週数:38週



23時過ぎ、おしるしがあり「おっいよいよか?」と構えました。下腹のあたりがだんだん痛くなり眠れないほどの痛みとなりました。

翌朝一で病院へ行くと「そろそろだけど子宮口はまだまだ開いてないよ。いったん家に帰って痛みでもう動けない!って思ったらまた来てね~」と女医さんに笑顔で言われました。内心「え?帰るの?こんなに痛いのに??」と思いましたが素直に従いました。

自宅に帰ってからは「痛いよ~痛いよ~」と耐えていました、田舎から駆けつけてくれた母が「そんなに痛いなら、そろそろ行った方がいいんじゃないの?」と言いましたが、「だってまだ耐えられるもん・・・」と14時間が経過していました。

しびれを切らした母が主人に「病院に連れて行って!」と言い病院へ連れていかれました。

朝と同じ女医さんに診てもらうと「なんでこんなに耐えてたのよ!子宮口全開よ!」と軽く叱られ、陣痛室を通り越し、即分娩台でした。子宮口が全開のくせに生まれてくるのにはさらに5時間かかりました。

その5時間の間に、アドレナリンMAXの主人にポカリを顔にぶちまけられ、破水した時にはなぜか「わっしょ~い!」と声を掛けられ、挙句生まれた我が子を我先に抱っこしようとしてお医者さんに「まずは頑張ったお母さんがさきですよ。」と諫められ、「俺、超がんばった。寝る!」と言ってソファーにいきなり寝だす始末。。

「あんたより1億倍あたしのほうが疲れたよ・・・」と思いました。そんなこんなの出産でしたが今では良い思い出として笑い話になっています。


今、我が子を見て思うことは?


私のいきみ方が悪かったせいで首が閉まってしまい、苦しかったようで羊水内に排便をしてしまった我が娘です。羊水が濁っていて助産師さんは焦りまくりでした。

そしてやっとの事で産まれてきた我が子は若干の呼吸困難のため一度抱っこしたらすぐにNICUへ連れていかれました。産まれてきたときみんなに心配された我が子でしたが、今では病気ひとつする事なく男の子なみにやんちゃですくすく成長しています。

あの時の出産、そして現在の育児は私の人生においての一番の宝物の時間です。
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お腹の中にいた時からおっとりしてマイペースな我が子

投稿者名:もうすぐ6歳児の母 (出産時の年齢:31歳)
出産時の週数:40週



てっきり予定日より早く産まれてくると思っていたのですがなかなか出てこず、40週目の検診でやっと子宮口1㎝でした。

初めての出産で緊張もマックス、毎朝お腹に向かって早く出てくるように説得しても不安でいっぱいの気持ちで4日が過ぎました。

これはダメだリラックスしないとと思い、病院の帰り道にある美味しいパン屋さんで体重を気にして我慢していたパンをたらふく食べて、普段はバスで通院していた所を1時間かけて歩いて帰りました。

その日の夜中にトイレに行くと破水かなと思うような感じになりました。すぐに産婦人科に電話して夜中の3時に入院しました。

それから24時間後に無事に産まれたのですが、そこに辿り着くまではなかなか子宮口1㎝から開かず陣痛と戦いました。陣痛がひどくなるまでは、とにかく病院の中を歩き回り階段の上り下りや軽いスクワット等々ずっと動いていました。

ようやく子宮口6㎝で分娩室に入れた時にはホッとした記憶があります。そこからたった1時間で、あっという間に産まれてきました。

最後は頭が大きくてなかなか出てこなかったので先生と看護師さんがお腹を押すような感じで「せーの」で赤ちゃんがスルッと出てきました。体の力が抜けました。


今、我が子を見て思うことは?


やっぱりお腹にいてた時から娘の性格が出ていたように思います。予定日過ぎても出てこないし子宮口は開かないし、でも開きだしたらあっという間に産まれてきたところに娘の性格を感じます。

今は幼稚園でも家でも何か覚えるまでは時間がかかり、なかなか理解できないことが多いです。

でも覚えだしたらとても早くあっという間にできるようになります。やっぱり彼女の性格です。
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吸引分娩で頭とんがった赤ちゃん、大丈夫元気に生まれました!

投稿者名:四世代同居の年子の母 (出産時の年齢:27歳)
出産時の週数:40週



当時私は夫の祖母もいる三世代同居の家族のもとへ嫁入りしました。

夫の妹も近所に住んで毎日ご飯を食べに来ていて、私は大家族人数分の食事を作っていました。問題のその時、出産予定日を二日後に控えて大きなお腹で夕食を作っている最中、そうそう、私の大好きなナスを調理してたんだっけ。「ポン」とこもった音が私の体の中からして、パンツに何か出てきました。

出産の知識のために本を読んでいたので、それが「破水」とすぐにわかりました。大変!と思ってすぐにタクシーを呼んで病院へ走りました。一応二日後の予定日だったからボストンバッグに入院の準備はできていたのでバッグを持って出かけました。

診察ではやはり破水してしまっていて、そのまま入院出産となりました。お水が先に出ちゃうというのはよくありませんがまずは落ち着こうと思いました。「ここは病院だから何があってもすぐお医者さんも来てくれるし大丈夫」と腹をくくりました。

しかしながら結局出産に25時間丸一昼夜かかり、最後は吸引分娩でした。あのトイレのスッポンみたいなやつで赤ちゃんの頭からくっつけて引っ張るのです。おかげでうちの娘は頭がとんがった形で、しばらくは大笑いでした。

なかなか力が出ないで踏ん張ることができなくて微弱ないきみしかできませんでしたが、最後の最後にお世話をしてくださるおばさんが私の昼食のご飯をおにぎりにしてくださって、それを食べたら元気が出て力を入れていきむことができました。

その後娘の検診の時にそのおばさんを探して命の恩人だとお礼を言ったのですが、おばさんの方は覚えていなかったのがショックでした。それでも今でも私には一生残る思い出の出来事です。


今、我が子を見て思うことは?


今の娘はあの出産直後のとんがった頭が嘘のように形のきれいな頭をしています。時々けんかして腹を立てるけど、でもあんなに苦しい思いをして生まれてきてくれたと思うと、大切でいとおしい気持ちになります。

娘もいずれ結婚して出産する時が来るのでしょうか。その時は娘にこの話を教えてあげたいと思います。

おかしな話だけど、あの日大好きなナスを夕食のために煮るか焼くか蒸すか何か料理していて、破水してそのまま入院して好きなナスが食べられなかったっていうのが妙に心に残っています。
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ポコッとツルッと2時間で生まれてきたラクチン親孝行娘

投稿者名:四世代同居の年子の母 (出産時の年齢:28歳)
出産時の週数:39週



上の子と年子です。当時としては父親が年だったので、できるだけ早く産みあげておきたかったからです。上の子とは1歳3か月違いで学年は一学年違いです。

上の子の時に25時間丸一昼夜かかって苦しくて、お腹の中で大きく育ちすぎるとお産が大変になると学習して、下のこの子はできるだけお腹で大きくしないように気を付けていました。

小さく産んで大きく育てるつもりでした。その心がけの甲斐あって無事39週で上の子より300グラムくらい小さくておかげでラクチンでした、

陣痛が始まって生まれるとなって実家の母親が来てくれたのですが、すぐ前の年の上の子のお産の25時間丸一昼夜の経験から「明日になるだろうから帰っていいよ、明日また来てね」と言ってから母が帰宅する前に生まれてしまいました。こんなことならそのままいればよかったねと。

それこそお医者さんが来る前に看護婦さんといきんでいるうちにポコッとつるっと出てきてしまいました。上の子のお産の経験から考えるとありえないくらいラクチンでした。なんて親孝行な子でしょう!と思ったものです。

あと生まれた日とか関係あるのか不思議なことがありました。大きな病院で同じ日に何人も生まれるのですが、上の子の時は4~5人の同じ日に生まれた赤ちゃんが廊下中に響き渡る大声で泣くのです、誰もが泣くのです、それが下の子と同じ日に生まれた4~5人の赤ちゃんは皆少しも泣かずにすやすやとよく眠り、泣いても「うんぎゃ」と小さな声で遠慮気味、どの赤ちゃんもなのです。不思議でした。


今、我が子を見て思うことは?


たった2時間で生まれて来た時はラクチンだったけど、頑固で反抗的で傷つきやすく育ててる間は大変な娘でした。少し変わった難しい性格の子なのに、お顔がちょっとかわいいから人生ずいぶん得して生きてきています。

「誰のおかげでかわいくうまれてこれたと思ってんの?」と言ってやりたいです。大きくなったら親孝行してちょーだい!
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不安と期待のドキドキ出産!自分でも驚くほどのスピード出産

投稿者名:2人の子供をもつ育児ママ (出産時の年齢:24歳)
出産時の週数:39週



初めての出産で、妊娠中も何の問題もなく順調に予定日2日前をむかえました。

初産だからまだまだ生まれないだろうと思っていたのですが…なぜかお腹に痛みが。これはもしかして!?と期待と不安を抱えながらちょうど定期健診だったので病院に行くと、子宮口は全く開いておらず。

先生に痛みを相談すると、「妊娠中毒症」の疑いが…血圧も高いし体重も一気に増えたことが原因のようでした。検査の結果は中毒症の一歩手前だということでしたが、「このままだと母体がどんどんつらくなってくるだろうから産んじゃいましょう」ということでした。

まだまだだろうと思っていた分、急な事だったので突然怖くなり、その日入院中は一睡もできなかったです。そして朝の6時から促進剤の点滴スタート。主人もかけつけてくれたので少しホッとしました。

薬の効きがいいのかあっという間に陣痛が来て、それからは痛みをひたすら耐える時間が続きました。「体力勝負だからお昼ごはんしっかりたべてね~」と助産師さん。いやいや絶対無理ですよこの状況で…でもこの助産師さんの言葉が後から理解できるなんてその時は全く思いませんでした。両親がお昼を食べに外へ出て行ったころ、急にいきみたい感覚が!

すぐに助産師さんに診てもらうと、「まだいきむの我慢して」と言われました。言われたとおりに我慢していましたが、10分もたたないうちに痛みが増して、もう無理だと思い助産師さんに助けを求めると、「あらま全開じゃない!」と軽く言われました。

そんな言葉に力が抜けて、何度かのいきみで無事出産。助産師さんってホントにすごい!

そして、産まれてきた子を見た瞬間、嘘のように痛みがなくなりました。


今、我が子を見て思うことは?


子供は今、いやいや期の真っ最中。口も達者になってきて、育児のストレスから本当に「ぎゃーっ!」と叫びたくなる時もありますが、妊娠中の10ヶ月間をお腹の中でお利口にすくすくと育ってくれて、無事に元気に生まれてきてくれたことを思い出すと、愛おしくて仕方ありません。

「ママ~」と言って抱き着いてきたり、手をつないだりできるのも、ほんの一瞬で、あっという間に大きくなってしまうのだと思うと、少し寂しいですが、だからこそ今を大切にしようと思います。
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26年間生きてきて一番痛い体験!でも我が子にに会えて幸せ?

投稿者名:10ヶ月の女の子のママ (出産時の年齢:26歳)
出産時の週数:42週



お昼買い物中にキリキリお腹が痛みだして、夜まで普通にお風呂入ってご飯食べてゴロゴロしてたら便秘のときのような痛みになり1時間トイレにこもってました(笑)

大量の便を出しきり、痛さのあまり嘔吐。10分間隔で陣痛があったので病院に電話し旦那と母と行きました!!

しかし、まだ子宮口が開いてないから一旦帰宅させられ、まだ耐えられる痛みだったのですが朝方になり人生でこんな痛みが存在するのか!!。と言うぐらいの痛み来たので即病院。

分娩室に入り約5時間!!元気な女の子がこの世に誕生?産まれた瞬間痛みはなくなりました(*^^*)

メスで切られて縫われてたけど陣痛にくらべたら全然痛くないのでご安心を★旦那と母に付き添ってもらったんですが、一人より絶対に付き添ってもらったほうが気持ち的に助かりました!

本当に生まれてきて一番めちゃくちゃ痛いけどこんなにも愛おしい我が子に会えるなら耐えれます?自然分娩じゃないと可愛さなんか、わからん!って言う人もいるかと思いますが無痛分娩がある病院はその選択肢を選ばれてもいいんじゃないかなと思います。

帝王切開であろうが、自然分娩であろうが我が子が愛おしいのは代わりはありません?本当にこの子を授かって、出産し母親になれて幸せです、!


今、我が子を見て思うことは?


日に日に可愛さが増す? 娘が健康に笑顔でいてくれるだけで母は幸せです。 

毎日の成長が嬉しくてこんなに、親バカになるとは思いませんでした(笑)

妊娠中は不安なこともいっぱいありましたが子育てがこんなにも楽しくて幸せで本当に出産してよかったなと思います。旦那さんも私の母も義母みんな親バカ婆ばかです(笑)二人目も考え中!!
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たくさんの方に見守られながら、促進剤からのスピード出産。

投稿者名:ダブルAママ (出産時の年齢:27歳)
出産時の週数:40週



人生二度目の出産。

私は糖尿病を患っているため、先生曰くなるべる大きくなりすぎる前に産みたいとのことでした。私も経産婦は予定日よりも早く生まれることのが多いと聞いていたので、何の問題もなく先生の話を受け入れていました。

ところが、なかなか陣痛が起こる気配なく、結局5日過ぎたところで促進剤を打つことになりました。

私にとって促進剤のメリットは、陣痛が起こるのも病院内なのでそこはとても安心して出産に臨めました。促進剤を打ってすぐに陣痛がくるわけでもなく、約5時間後ようやく陣痛開始。

1人目の出産のときは陣痛開始から分娩まで長かったのを覚えているのですが、2人目だからか、促進剤をうったからなのか陣痛が始まったと思ったらすぐ分娩室に移動。たまたま病院に看護学生さんがたくさん来ていて、立ち会ってくれていました。

主人もちょうど仕事が休みだったので立ち会ってもらい、出産へ。個人的な意見としてはたくさんの人に見守られていたし、看護士さんもとても優しく誘導してくれるので心強かったです。

結果陣痛開始から1時間もせず出産できました。もちろん安産です。赤ちゃんも元気。とても体力のいる大仕事で疲れますが、生まれた赤ちゃんをみたらそんなこと吹き飛んでしまいます。

1人目の時は難産だったので本当にスムーズにお産できました。産後傷も数日痛みますし、不安などもあったりしますが、赤ちゃんを見るだけで癒されます。可愛くて仕方ありません。

現在3人目を妊娠中なので、これからがまた楽しみです。


今、我が子を見て思うことは?


予定日を超えてとっても大きく生まれてきたかわいい子。

今魔の2歳。イヤイヤやわがままでぐったりするときも正直あるし、イライラしてあたってしまうこともあるけれど、笑顔を見るとママも自然に笑ってしまいます。

これからお姉ちゃんになるから我慢することもいっぱいでてきてしまうけれど、ママは精一杯愛情を注いでいきたいと思ってます。
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はじめての出産は不安もたくさんあったけど、安産でした

投稿者名:小学生男子のママ (出産時の年齢:30歳)
出産時の週数:39週



初めての妊娠だったので、お産の始まりがどうなるか想像もつかず不安でした。

まず、前日の夜に前駆陣痛があり、結構な痛みだったので産院に電話したんですが、規則的な痛みではないということで様子見になりました。そのうち間隔がどんどん開いて行きました。

翌日夕方、ついに10分間隔での陣痛が始まりました。出産当日は入浴できないと雑誌で見たので、入りました。
7分間隔になった時に産院に電話をしたら、家が近い為、5分になったら再度連絡の上来院するように言われました。

22時頃入院し、診察後からかなり痛みが強くなりました。主人は仕事だったので最初はいなかったんてすが、0時頃来院して出産まで立ち会いました。

主人が来た時に、あまりの痛みに主人の腕を強く掴んでしまったようで、それがかなり痛かったそうです。「折れるかと思った」と言われました。

どんどん間隔も狭くなり、痛みも強くなったのにまだ破水していなかったので、人工破水をしました。そうすると更に痛みが増していきみたくもなったのですが、まだまだと助産師さんに止められ、そこが一番辛かったように思います。

子宮口が全開大になったら、歩いて分娩室へ行きました。「こんなに痛いのに歩くのなんか無理!」と思ったのですが、案外スタスタと行けました。主人も私の頭側にいてくれました。

いきみは3回ほど。助産師さんが突然上からグイグイ押してくるのはビックリでしたが、そのお陰かすぐに出てきてくれました。2時ちょうどでした。

私ではなく、主人が涙を流しておりました。私は感動よりも、ああやっと終わったーという安堵の気持ちが強かったです。息子を見た第一声は、「あー二重(瞼)だー」でした。


今、我が子を見て思うことは?


生まれた時から二重で、クリクリの目。助産師さんから「イケメンくん」と言われ、とってもかわいかった息子。小学生になり、随分大きくなったなぁと思います。

かなり下品になってしまい、少しショックですが。反抗もするし、生意気な発言も増えてきています。ただただかわいかった頃を思い出してタメ息つくことも。

でもまだまだ甘えん坊でかわいいところもあって、自慢の息子です。
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